◆「博多ラーメン ガツン 本所本店」【蔵前】
◎「全部入りラーメン」七八〇円+「替え玉」無料
…生きる頼みの綱の週末の休日も、いとも簡単に終焉を迎え、週が明けてしまう。
有り触れた毎日が訪れるが、昨晩からの颱風に因る暴風雨で、夜中も五月蠅く、
窓に叩き付ける雨風と、雨水管を流れる水の音に熟睡も出来ずに朝を迎える。
端から國鐵は走るのを放棄し、八時から動くとの報を受け、朝から悩んでしまう。
こんな中、普段は脆弱で真っ先に力尽く埼玉新都市交通が平常運転と聞き、
雨は止んだが風が吹き荒れる中を歩いて出掛け、何とか大宮駅に辿り着く。
改札口の外には、手立てを失った群衆が溢れ返っているが、一先ず改札内へ。
然し、此処は交通の要衝・大宮駅。
駅員が言うには、非接触式集積回路定期券に一〇〇〇円が入って居さえすれば、
新幹線の改札を通過出来ると言う甘い囁き、否、単なる営業話術に引っ掛かり、
八時十九分発「なすの」二六六号に乗車すれば、其りゃもう、空いていて快適さ。
八六〇円を払ってでも、地獄絵図の様な鮨詰めの電車に乗らずに済み、
心身の疲労を考えたら安いもので、九時過ぎには出勤出来、事無きを得る。
こんな状況なので、昼御飯は独りぼっちで摂る機会に恵まれる。
十三時四〇分に屋外に出れば、突き刺さる様な陽射し、焼け焦げる様な暑さで、
呼吸をすれば気管支が火傷をして爛れそうで、汗を拭き拭き河を渡ろう。
脱北者宜しく、スミダ河を決死の覚悟で渡り、スミダ区へ亡命を果たす。
目指す先は、以前から、其の存在だけは認識しており、先週初めて、
御歴々と共に御邪魔した此方へ、二週連続、二度目の訪店。
木戸を開けて店内に入れば、豚骨ラーメン店らしい獣臭、家畜臭が充満する。
先程、熱波で焼け爛れた気管支を癒すべく、思い切り此の香りを深呼吸。
先ずは券売機で食券を購入し、端っこの止まり木にヨッコイショーイチ。
食券を提示し、冷水を呷り、出来上がりをヂッと待つが、店内の音楽は財前部長。
厨房内は男性店員氏一名体制で切り盛りしている。
そうこうして居る内に、五分程で盆に乗せられたラーメンと、別皿の具の御出座し。
数日振りの対面だが、正しい豚骨ラーメンの佇まいに心躍る。
別皿の叉焼一枚、味付け玉子、明太子、海苔五枚を移し、卓上の紅生姜、
擂り胡麻を投入したら、先ずは蓮華を手に取り、プースーから啜ろう。
御覧の通り、外気に触れて、表面の膠原質、油分が凝固して行く様が素晴らしい。
一口啜れば、初めて頂いた時にも感じたが、豚骨の出汁の力強い味わいは、
一瞬、「極楽汁麺 百麺」を思わせる動物系の濃密さと風味を髣髴とさせる。
下茹で、灰汁取り、長時間圧力煮込みに依り、豚骨を粉砕して裏漉しする為、
背脂を入れた様な円やかな仕上がりで、豚骨から抽出された髄と言う。
純度一〇割の豚骨は、円やかで滑らかな口当たりも、野性味溢れる味わいも主張し、
通常の「ラーメン」は五三〇円と言う費用対効果は抜群で、素晴らしいの一言。
其れも其の筈、「多田製麺所」の直営店と言う事で、麺の経費が削れるからだろう。
其の麺は、季節や気温、湿度、水温の変化に応じて、日々、加水量等を吟味し、
豚骨スープと相性抜群の低加水麺を製造していると言い、特に夏期は気候を考慮し、
鮮度保持性の高い冷蔵貯蔵で麺を熟成させ、旨味が凝縮した状態を維持との事。
もそもそとした感じの細麺は、粉の風味も感じられて良いじゃないか。
具の叉焼二枚は薄っぺらだが、博多ラーメンらしい仕上がり。
味付け玉子は固茹で気味だが松崎しげる色で、黄身の中心部はねっとりとしている。
明太子は箸休め的な感じでも頂け、「九州じゃんがら」っぽさも受ける。
海苔が五枚と言うのも大奮発だな。
さて、流石は製麺所の直営だけあり、替え玉が一回無料と言う大盤振る舞い。
然も、嬉しい事に「粉落とし」は勿論、「湯気通し」迄有るから感激。
其の「湯気通し」で御願いすれば、茹で時間二秒、菜箸で勢い良く撹拌して笊揚げ。
そして、差し出した丼へと入れて呉れ、此れを啜ると言うより、喰らい付く。
生と言って良い麺は、噛むと歯にくっ付く程で、治療中の詰め物が取れそうだ…。
「よかろうもん」で豚骨ラーメンの何たるかを覚えてから二〇年経つが、
濃密で重厚な豚骨スープと、茹で時間に依って変幻自在の細麺は魅力的だ。
最後はプースーを飲み干せば、丼の底には、膠泥を乾かして削った様な、
建築資材を思わせる骨粉、髄が沈殿しており、其れも残らず頂くぽんこつおぢさん。