◆「Ｋｅｎ’ｓ ｋｉｔｃｈｅｎ」【日進】
…昨晩。
疲労困憊で帰宅し、夕方はバタンキウで寝床で轟沈…。
十九時前に徐に起き出し、腹も減ったので、晩御飯を摂りに出る。
行き先は朝から決めてある。
三日深夜、御近所さんに呼び付けられて馳せ参じた、近所に新しく出来た此方。
深夜に爆音で大滝詠一師匠の名曲に酔い痴れ、僕の中では既にお気に入り。
改めて、仕切り直しで早い時間から御邪魔してみよう…。
…引き戸を開けて入り、マスターに御挨拶をし、入って直ぐのカウンター席に。
麦酒を発注し、マスター一人で切り盛りしている為、大人しく待つ。
樽交換をしたばかりと言うが、開け立ては旨い。
昼間の麦酒なんぞ、とっくの疾うに抜けているので、旨いの何の。
家からこんなに近い場所で、ゆっくりと呑めるのは有難い。
史上最短距離だな…。
…不意にマスターから、「生牡蠣の白ワイン蒸し」も出来ると告げられる。
良いですな、其れ、御願いしましょう。
生牡蠣を殻から開けて作るなんざ、何とも有難い。
ロープーの為せる業だ。
ぷっくりと膨らんだ牡蠣は、一口で頬張ってしまうには勿体無く、
三回に分けて頂けば、何とも言えない磯の香りが鼻腔を駆け抜ける。
海の牛乳たる所以を存分に感じられ、何だか、高級店に来たかの様だ。
…メニューを眺めると、「カルパチョ（白身、青魚、赤身）」としてあり、
日替わりで魚が入れ替わる様で、マスターに問うてみる。
鱸と生蛸が有ると言うので、鱸で御願いしてみよう。
矢張り、酒を呑む際は、何かしら生の魚が無いと駄目な口で…。
鱸の刺身の上に、阿蘭陀三つ葉等の合法ハーブがふんだんに乗る。
味付けは塩、橄欖油、檸檬で、簡素乍ら、素材の味が直に感じられる。
さっぱりと頂け、暑い季節には持って来いだな。
是非、青魚、赤身でも頂いてみたい所。
…新規開店記念で、葡萄酒を一本二〇〇〇円の破格値で出していると言う。
身体に葡萄酒の血が流れている訳ではないので、僕の馬鹿舌、貧乏舌では、
味も値打ちも分からないので、マスターに一存する。
タンニンが効いているのは大丈夫かと訊かれるも、まあ、大丈夫だろう。
中学校一年のタンニンだった加藤先生は元気だろうか…。
そんな馬鹿は兎も角、二〇一二年の巴里の品評会で金賞を取ったと言い、
「自然農法を採用し、有機肥料のみで育てられた樹齢三〇年の葡萄を使用、
深い赤煉瓦色、赤果実の香りに僅かなスパイスのニュアンスと、
豊かな果実味が特徴で、丸味も有り乍ら、確りとしたタンニンを感じる、
骨太な葡萄酒」と言うが、おっさんにはちんぷんかんぷん…。
…魚だけでなく、クーニーも頂いておきたいわね。
メニューには三種類有り、「鶏肉のグリル Ｄｉａｖｏｌａ（悪魔風）」、
「鶏肉のグリル煮 狩人風（Ｃａｃｃｉａｔｏｒａ）」、「ポークカツレツ
（パルミジャーノ）」の中から、「悪魔風」に怯え乍らも此れを発注。
調べてみれば、鶏一羽を開いた形が外套を広げた悪魔の姿に似ており、
其れを「悪魔が焼く様に」（業火で焼かれた罪人の様に）焼く事に由来する説、
「悪魔の様に見せて」調理する事、即ち、赤く燃え上がる様に調理する意味で、
此れは赤唐辛子や、其の他の辛い食材をたっぷり用いるので、
食べた人が「火の付いた様に成る」状態を指す説の二つが有るらしいが、
幸いにも、辛いのが駄目な僕にとっては有難い前者の説の様だ。
皮がパリッと香ばしく焼かれ、塩加減が全く以って絶妙で、身悶えして、
悶え死んでしまいそうで、鶏肉の旨さ、奥の深さを感じずには居られない。
いや～、凄いわ…。
◎「ラ・モデネーゼ・ランブルスコ・エミーリア・セッコ」二一六〇円
…気付けば、何時の間にか御近所さんが襲来。
先を越されて来店した事に癇に障ったのか…。
と言う訳で、もう一本、新規開店記念で二〇〇〇円の葡萄酒を発注。
三日の深夜にも一口頂いた物を、御近所さんの希望で出して貰う。
エミーリア・ロマーニャ州を代表する辛口微発泡赤葡萄酒で、
ランブルスコの葡萄の中から特に良質な物だけを選別して作られると言い、
確りとしたボデーと華やかでフルーテーな味わいは、葡萄の質の高さと、
葡萄酒としての完成度を確り認識させて呉れると言い、注ぐと繊細で、
泡が絶え間無く立ち昇り、薔薇の花や苺に菫の花の甘い香り、
果実味と上品な心地好いタンニンと、酸の均整が取れている、と言う触れ込み。
又しても、僕の馬鹿舌、貧乏舌では分からないが、シュワシュワが良い。
◎「トマトとバジル」八一〇円
…さて、良い感じに酔いも廻り、そろそろ炭水化物が欲しく成る。
流石はゲッティーも取り揃えている辺り、嬉しいじゃないのさ。
味の系統が「Ａｌｉｏ Ｏｌｉｏ」、直訳すれば大蒜油と、
「Ｓａｌｓａ Ｐｏｍｏｄｏｒｏ」、赤茄子のテレレと、
「Ｐａｎｎａ ｃｏｎ」、クリームと三つに分かれており、
取り敢えず、赤茄子のテレレの「トマトとバジル」を御願いする。
具沢山も良いのだが、こう言う簡素なのは良いね。
赤茄子の酸味が実に爽やかで、さっぱり、あっさりとして旨い。
独りで一皿丸々を頂きたい程だが、次はそうしてみよう。
…もう、こう成ると止まらないわね。
続いては、伊太利亜風おじやが有ると言うので、益々愉しい。
「イカ墨のリゾット」、「魚介のリゾット（３種類）」と、
そして、ズーチー、玉子好きには堪らない「卵黄とパルミジャーノ」とな。
決まっているよね。
然し、此れ又、簡素乍らも、コクが有って最高だ。
マスターが御薦めと言うのも頷けるな。
…満腹中枢完全崩壊。
もう一丁、ゲッティー行ってしまおうと相談が纏まる。
同じく赤茄子のテレレの「アラビアータ」が良いかなと思うも、
マスターが、もうじき一〇〇〇円に値上げ予定だから今の内にと、
クリームソースのゲッティーの中から、此れを拵えて呉れる。
酔っ払っているので、生ハムなのか、ベーコンなのかは不明だが、
メニューに載っているので、生ハムと言う事にしておこう。
円やか、滑らかなムークリのスーソーに、西洋松茸とパラガスが合う。
普段、クリーム系は頂かないのだが、旨い所の物は旨いのだな。
おぢさん、吃驚。
大満足で店を後にし、御近所さん宅に雪崩れ込み、程無くして摘み出される…。
嫌われているんだろうナ、きっと。
