◆「よかろうもん」【菊川】
…黄金週間の二日目に人手が足らずに休日出勤した為、今日は代休を充てる。
又、特別休暇が五日間も残っている為、月曜日に其の内の一日を充て、
今日から四連休と相成るが、残り四日、消化出来るか如何かも怪しい…。
さて、そんな四連休の初日は、昼御飯を食べに、電車で出掛けてみよう。
今から一〇年以上前、一杯のラーメンが此の上無い御馳走だった時分、
二年に亘り、毎週木曜日、仕事の合間に欠かさず通った豚骨ラーメン店。
僕の中で、豚骨ラーメンの何たるかを教えられ、産湯を使い、洗礼を受けた、
青春の味を訪ねに、二〇〇八年七月三日以来、六年一〇ヶ月振りに向かう。
歳を取った所為か、暑さの所為か、以前よりも道程が遠く感じられる。
豚骨臭、獣臭、家畜臭の狼煙が立ち上る方向を目指して歩く事十五分。
正午過ぎと言う事も有り、店内は満席で、待ちが発生している。
何時もは苛々するが、其の昔、味に惚れ込んで通った店が、今でもこうして、
愛されて繁盛しているのは嬉しいもので、暫し、周辺を歩いて時間を潰す。
三〇分弱の後、空席も出来た様なので、店内に突撃する…。
◎「生ビール」五五〇円
…カウンター席は埋まっているので、テーブル席に陣取り、
若い店員氏に、先ずは麦酒を発注。
十五分も歩いて汗ばんでしまったおぢさんは、火照った身体を冷まさにゃ。
グイッと呷れば、平日の昼間と言う背徳感、解放感も加わって素敵だ。
厨房内のマスターは、相変わらず、柔和な笑顔の財津和夫の様だが、
御髪に白い物も混じっており、時の流れを感じる。
又、以前は偶に御邪魔しても、顔を覚えてて呉れ、「あら、暫くです」と、
気さくに挨拶を呉れたが、顔を忘れられたのか、太って人相が変わったのか、
気付いて貰えず、寂しい思いをしたと同時に、時間の経過を痛感する…。
◎「キクラゲラーメン」八八〇円+「煮たまご」一〇〇円+「替え玉」無料+
「替え玉」一五〇円
…麦酒も三分の二が空き、ラーメンの発注をしよう。
麺の硬さを問われるも、久方振りなので普通で御願いする。
此方では決まって、木耳と煮玉子を入れるのが好きで、此ればかりだ。
流石は豚骨ラーメンだけあって、発注から提供迄、二、三分も掛からない。
海苔に印字された「よかろうもん」の文字が懐かしく、胸が締め付けられる。
決して、心筋梗塞の前兆とかではない…。
さて、心静かに落ち着いて、先ずはブースーから頂こう。
う~ん、何とも豪快で、荒荒しく、パンチの効いた豚骨純度一〇〇パーセント。
若い頃は「こってり」で御願いしていたが、普通でも十分に旨い。
豚骨の拳骨は全て厳選した九州産を取り寄せ、野菜等の素材は一切使用せず、
部位毎に寸胴を四つ用意し、此れ等の豚骨を強火で三日間煮込み、
味の異なるスープを作り、其れ等を合わせて完成すると言う。
通常の豚骨スープの濃度は七度前後の所、此方のは十三度以上と超濃厚で、
此の重厚感は深味と甘味を演出し、癖に成る事間違い無いと謳うに相応しい。
そうだよ、此れに嵌ったんだもの…。
本場九州の豚骨ラーメンに拘る此方の麺は、九州で配合した小麦を使用し、
製麺の際に腰が出る様にと、二度引きと言う工程を踏んでいるらしい。
一度捏ねた麺を、更にもう一度捏ねる事で麺の腰が強く成ると言う。
其の後、冷蔵庫で二日間寝かす事で、更に更に腰が強いものに成ると言い、
通常は密封したビニール袋で保存する所、木箱、紙で包装し、水分調整を行い、
打ち立ての味と腰を保っていると言い、「豊華食品」の木箱に入っている。
其の麺は極細で、豚骨ラーメンらしい腰と、しなやかさが感じられる。
粉の風味が強く感じられる低加水麺は、久し振りに啜っても旨い物だ。
途中、卓上の擂り胡麻、紅生姜、卸大蒜、辛子高菜を投入する。
此の辛子高菜も自慢の自家製で、阿蘇山麓で採れた物を使用しており、
入れ過ぎると辛さが強く、大変な事に成るので、加減して入れる。
屋号が印字された海苔、此れも九州産で、有明海苔と言う徹底振り。
叉焼はと言うと、昔は薄っぺらい、臭味が出てしまっている硬めの物だったが、
改良され、味付けが確りと施され、薄いのは変わらないが、軟らかさが有る。
煮玉子も進化を遂げ、以前は御田の玉子の様な固茹での物で、此れは此れで、
固茹での美味しさを発見させて呉れたので好きだったのだが、半熟加減で、
ねっとりとして、此れ又、中迄味が確りと染み込んだ物で秀逸だ。
そして、変わらずに褒めたいのが木耳だ。
どの店も、千切りにしてしまって、木耳の良さを殺してしまっているが、
此方のは丸の儘で入っているので、より一層、コリコリとした食感が愉しのだ。
こうでないと、木耳は。
麺も食べ終わり、昼時は替え玉が一回無料なので御願いしよう。
勿論、此方で知ってしまった「スーパー粉落とし」で。
茹で時間は五秒に満たず、直ぐ様、丼に投入される。
卓上の醤油ダレを加え、味を濃くし、麺を啜る。
モキモキ、モソモソとして、ともすると、噛むと歯にくっ付きそうになるが、
炭水化物好きとしては、此れが堪らなく良いのだ。
あっと言う間に平らげ、滅多に来られないのだからと、もう一回替え玉を。
自慢のプースーを一滴残らず飲み干し、会計をして貰う。
マスターは最後も気付いて呉れなかったが、「毎度如何も有難う御座います」、
温かく見送って呉れ、其れだけで心が和み、今の自分が有る事に感謝し、
後ろ髪引かれる思いで店を後にし、生きる糧にしてみる駄目中年…。