…木曜日。
令和改元二日目の此の日は、朝四時起きで、ちょいと旅に出る。
死ぬ迄に一度は行きたいと思っていた土地へ、東京駅七時十三分発、
「のぞみ」一五五号に乗車し、十二時二十四分に博多駅着。
車中、僕の数少ない趣味の一つである「ケータイ国盗り合戦」に興じ、
一睡もしなかったので、眠たくて仕方無い状態で、福岡県へと初上陸。
普段、池袋や新宿、渋谷に行くのは然して抵抗は余り無いものの、
全く土地勘が無い、見知らぬ都会は恐怖すら感じ、心がぞみぞみする…。
何とか乗合自動車に乗車し、先に旅籠に荷物を預け、身軽にしてから動き出す。
薬院駅から乗車する前に、先ずは腹拵え。
行き成りラーメンでも良いのだが、其れでは芸が無いので、偶さか通り掛かり、
福岡県は饂飩文化も有るとか無いとか聞いた事が有るので、ぶらりと入ろう。
…木戸を開けて店内に入り、勝手が分からないが、食卓席に通される。
卓上の献立表が無い様なので、壁にぶら下がった木札の献立表を眺める。
女中さんに発注を済ませ、取りも直さず、景気付けにルービーから。
早朝、行きの新幹線で三五〇竓を一缶空けた事すら忘れそうな程、
随分と時間が経ち、酒気も抜けたので、手酌で注いでグイッと飲る。
天気も二十五度は有ろう真夏日で、暑気払いには持って来い。
…順調に麦酒を呷っていると、女中さんが饂飩を配膳して呉れる。
博多饂飩では代表的と言う牛蒡天饂飩を発注していた。
埼玉県民としたら、饂飩と言えば武蔵野饂飩で、同様の麺類で言えば、
我が故郷・深谷で有名な煮餺飥や御切り込みが馴染み深いが、
初めて頂く博多饂飩は、関西の饂飩を思わせる澄んだルーシー。
此方は天然素材の出汁が売りの様で、厳選された天然素材に拘り、
北海道羅臼産の天然昆布、長崎五島・島原産の煮干しいりこ、
大分日田・原次郎左衛門の醤油、兵庫赤穂の塩等、創業時の儘の素材と言う。
夏はさっぱり風、冬はややこってり風と、混合割合や煮込み時間を調整し、
季節に合った味を追求していると謳っている通り、塩辛さは控え目で、
滋味溢れる出汁の優しい味わいが、じんわりと感じられる。
そして、問題は麺だ。
予てより、博多饂飩は軟らかいと、風の噂では聞いていた。
実際に頂いてみると、入院患者に成った様な錯覚に陥る軟らかさとでも言おうか。
強靭な腰と弾力を売りにしている武蔵野饂飩とは豪い違いだ。
とは言え、手間暇掛けた自家製麺を謳い、軟らかく茹で上げる麺に、
もっちりとした弾力を出す為、工夫を凝らし、足踏みが特徴と言う。
踏み過ぎると良い麺にならないので、加減が難しいと言い、熟練の技の様だ。
又、博多の饂飩は「出汁を食べる」と言われる程、出汁を大切にしており、
そんな出汁を活かし、絡み易くする為に、麺が軟らかくしていると言い、
麺を茹で置きし、何時でも素早く食べられる様にした博多商人の知恵らしい。
夫々の土地、風土に依って、食文化の成り立ちが異なり、理に適っているのだ。
天麩羅はルーシーを吸い、略、狸饂飩の様な状態に成っているが、
其れは其れで良く、程好いこってり感が齎され、コクを与えて呉れる。
初っ端の博多料理としては、先ず先ずの出出しだ。